飛行機に見るデザイン Flight-1

極限の合理性に基づくような飛行機のデザインにも意外と面白い個性がある。

F-1:ドイツのデザインより(完)    F-2:前翼機 (完)    F-3:Burt Rutan(続)   

  F-4:怪しいやつ(完)      F-5:注目のプロジェクト(続)

 

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目次(1)
左右非対称: Bv141
極端な合理性: Ho.9 & Ho.13
決断の早さ: He.162
先進性とアンバランス: Ju.287
超音速への挑戦・三角翼: Dm.1
VTOLのさきがけ: Fa269
ロケットグライダー: DFS.228
目次(2)
プロペラ機の限界を目指して Do.335
高高度を目指した長い主翼 Bv.155
推進式の無尾翼機 Me.329
ミグ15に引き継がれたデザイン Ta.183
珍しい取り合わせ Fw.159
可変後退翼 P.1101
目次(3)
高速性能と実用性の理想的な配分 Ta.152
悲劇の名機 He.100
「飛行機」の原点 Fi.156
世界最初の実用ジェット機 Me.262
目次(4)
世界初の実用ジェット爆撃機 Ar 234
長寿の輸送機 Ju 52/3m
現代の軽飛行機の先祖 Bf 108
空飛ぶ提灯あんこう Me 323
世界初のまともなヘリコプター Fw 61
   と優れた性能を発揮した Fl 282
目次(5)
世界初の実用ロケット戦闘機 Me 163
世界初のジェット機 He 178
超音速への挑戦 DFS 346
可変取り付け角翼 Bv 144
潜水艦用観測機 回転翼凧 Fa 330
空を飛ぶ夢 NR 54 と NR55
目次(6)
水上機の典型見本 Ar 196
双胴で3発エンジン Bv 138
巨大な飛行艇 Bv 222
飛行艇のデザインの典型 Do 18とDo 24
カタパルト発進の大型飛行艇 Do 26
目次(7)
巨大な飛行艇への夢 Do 216と214
優れた性能で多方面に活躍したHe 115
後退翼の飛行艇 Ha 140
二階建ての巨大飛行艇 Bv 238
潜水艦積載折りたたみ式 Ar231

 

 

 

 

 

 

極限の合理性に基づくような飛行機にも意外と面白い個性がある。最初は第二次大戦中のドイツのユニークなデザインから取り上げてみる。

目次(1)

左右非対称: Bv141
極端な合理性: Ho.9 & Ho.13
決断の早さ: He.162
先進性とアンバランス: Ju.287
超音速への挑戦・三角翼: Dm.1
VTOLのさきがけ: Fa269
ロケットグライダー: DFS.228

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左右非対称: ブローム・ウント・フォス Bv141





上の写真、壊れた飛行機ではない。第2次大戦中に作られた、左右非対称の偵察機Blohm und Voss Bv141。「プロペラが前方視界をさえぎらない単発機」というテーマに対しての案だが、恐らく他の国では一笑に付されてしまうアイデア。それをヌケヌケと実行してしまうのがドイツの凄いところ。日産のキューブがやっと左右非対称のデザインで今脚光を浴びているのを考えるといかにユニークだったかが分かる。1938年に12機生産のみ。

 

極端な合理性: ホルテン Ho.9 & Ho.13

飛行機の最も単純・合理的なデザインとして、無尾翼機が上げられる。しかし尾翼が無いということは当然安定性・操縦性が極端に難しくなることを意味している。現在やっとコンピューター制御によって無尾翼機、あるいは無尾翼機に近いものが実用化されている。しかしそうしたハイテクの無い第2次大戦中に無尾翼機を開発したドイツという国は驚嘆に値する。下の写真は無尾翼機で有名なホルテン兄弟のジェット第1作のHo.9と超音速無尾翼機として計画されたHo.13。特にHo13は今見ても新しく、アメリカ自慢のステルレス機B-2に比べても遜色が無い。

Ho. 9

Ho.13

  

追記(ニュース)

ヒトラーのステルス戦闘機”を復元

 忘れ去られていたナ
チスドイツの先進的な
戦闘爆撃機が、現代のステルス爆撃機の専門家たちの手により復元された。第2次世界大戦当時、ドイツの科学力は未来的な戦闘爆撃機「ホルテンHo229」を生み出したが、実戦配備には間に合わず、量産にまでは至らなかった。  今回のHo229復元プロジェクトの目的は、世界初のステルス爆撃機ともいわれるHo229が本当にレーダーを回避する能力を持っていたのかどうかを確かめることである。そして検証の結果、新しい事実が次々と判明し、当時のドイツの技術力がジェット機の潜在能力を解き放つかなりの水準にまで達していたことがわかった。あと一歩開発が進んでいたら第2次世界大戦の結末は大きく変わっていたのかもしれない。  昨年末、アメリカの軍需企業ノースロップ・グラマンの専門家が集まってプロジェクトチームを結成し、ナチス時代の本物の設計図と、現存している唯一の機体を基に実物大のHo229を複製した。モデルとなった機体は、戦後50年以上に渡ってアメリカ政府関連施設に保管されていたものである。  全翼機であるHo229は、今日のアメリカのステルス戦略爆撃機「B-2」とよく似ており、最近のSF映画に登場しても違和感はないほど洗練された外観が目を引く。第2次大戦当時に活躍した航空機とは全く異なる印象だ。主な構造材は鋼管ベニヤ板から成り、ジェットエンジンを動力として最高時速約970キロで飛行できるよう設計されていた。  また、4基の30ミリ機関砲、および2発の500キロ爆弾を搭載する仕様で、実戦時には相当な攻撃力を持つ機体になるはずだった。
 1944年のクリスマス直前、Ho229試作機がテスト飛行に成功した。しかし、すでにナチスに残された時間はほとんどなく、実用機の完成には至らず、数機の試作機が製造されたところで終戦を迎ることとなった。   もしHo229が量産態勢に入っていたなら、歴史にどのような影響を及ぼし得たのか。それにはまず、Ho229のステルス性能をはっきりと特定する必要がある。
 自らが築き上げた“千年王国”が崩壊していく中、ヒトラーは“奇跡の兵器(Wunderwaffen)”という幻想にとりつかれるようになっていった。そこで登場したのが、たぐいまれな才能を持ち、実際にそのような秘密兵器を作り上げたホルテン兄弟だった。
「Ho229の設計を率いたのは、元々はグライダーの設計者だった三男のライマール・ホルテンだ。空気抵抗の削減と性能の向上を突き詰めていく中で、全翼機のデザインばかり考えるようになった」と、アメリカのフロリダに拠点を置く航空歴史学者のデイビッド・マイラ氏は話す。マイラ氏は、1980年代初頭からホルテン兄弟が亡くなる1990年代末まで、実際に何度も兄弟にインタビューを行っており、1998年には『The Horten Brothers and Their All-Wing Aircraft(ホルテン兄弟と全翼機)』という著作を発表している。
 マイラ氏は続ける。「一方、次男のヴァルター・ホルテンはドイツ空軍の軍人で、“バトル・オブ・ブリテン”などのイギリス軍との空戦で多くの仲間を失っていた。復讐(ふくしゅう)に燃えるヴァルターは、イギリスが開発した“チェーンホーム”というレーダーシステムをなんとかしてかいくぐる方法を探していた。そこで、弟のライマールにそのような爆撃機を設計できないかと頼んだのだ」。
 こうして二人の共同作業の結果、ドイツ空軍の中でも例を見ない爆撃機が誕生した。 

 ワシントンD.C.郊外にあるアメリカ国立航空宇宙博物館併設のポール・E・ガーバー維持・復元・保管施設で、現存する唯一のHo229の管理にあたっている博物館キュレーター、ラッセル・リー氏は次のように話す。「いわゆる全翼型の航空機であるHo229は、安定性や機体制御をつかさどる垂直尾翼が省かれており、胴体そのものが揚力を発生させる主翼となっていた。ライマール・ホルテンがたどりついた実践的なアイデアは卓越しており、完全な実用機はB-2まで存在しない」。  このステルス性能をHo229が本当に備えていたのか明らかにするため、プロジェクトチームはまず現存するHo229に対して、第2次世界大戦当時のレーダー技術に基づく携帯レーダー装置を用いて調査を行った。  そして、2008年の秋から冬にかけて、カリフォルニア州のモハベ砂漠にあるノースロップ・グラマン社所有の部外者立ち入り禁止の試験施設で、Ho229の実物大の複製が製造された。  素材や製造技術も当時のまま再現されている。ただし、滑空は可能だが自力での飛行能力はないという。2009年1月には、復元されたHo229に向けて、第2次大戦当時と同じ形式のレーダー波が放出された。
 航空機のステルス性能は2つの要素から成り立っている。レーダー波が発信源に跳ね返らないようにする形状と、レーダーエネルギーを吸収する素材である。  戦後になってホルテン兄弟は、「ステルス爆撃機を作るつもりだった」と話したが、ポール・E・ガーバー施設のリー氏など、一部の専門家はその点を疑問視している。リー氏は、「ホルテン兄弟は速度を追求しただけで、あのような形状になったのは空気力学的な理由によるものだ」と話す。
 それに対し、前述のマイラ氏などは、意図的にステルス性能を持たせるように設計されたと考えている。マイラ氏は、「次男のヴァルター・ホルテンはドイツ海軍士官とも交流があり、潜水艦のレーダー回避技術の話を聞いていた。だからドイツ空軍の中でも独創的な発想ができたのだ」と話す。  Ho229復元プロジェクトのリーダーでノースロップ・グラマン社のステルス技術専門家のトム・ドブレンツ氏は、「Ho229の複製をレーダーでテストした結果、その流線形の先進的なデザインには、実際にレーダーを回避する効果があったことが判明した」と話す。
 ホルテンHo229は、どうやら本当に世界初のステルス爆撃機だったようだ。ただし、それが意図的に設計されたものだったのかという点は、まだ問題として残っている。
 ドブレンツ氏は、「個人的には、独特な形状は空気力学的な理由から設計された可能性が大きいと思っている。ただし、現存するHo229をレーダーでテストした結果、合板の層の間に炭素材が挟まれていることが判明した。この素材はレーダー回避ぐらいしか役割が思いつかない。それでも、ホルテン兄弟がその性質を理解していたのかという点については何ともいえない」と断言を避ける。
 まだ大きな疑問が残っている。もしHo229が量産体制に入り実戦に投入されていたとしたら、この“ヒトラーのステルス戦闘機”は第2次世界大戦の結末にどのような影響を与えていたのだろうか。
 プロジェクトチームのリーダーのドブレンツ氏によると、Ho229のステルス性能は、レーダーの投射範囲をおよそ20%減らすものであったという。第2次大戦当時、イギリス軍のレーダーは、通常の爆撃機をイギリス海峡の160キロ地点で捕捉していた。Ho229ならば130キロまで接近しても捕捉されなかったはずである。速度を考慮すると効果はもっと大きく、通常の爆撃機はレーダーに補足されてからイギリス本土まで19分かかっていたが、Ho229は8分で到達する。 

「連合軍の対抗処置が開発されるまで、少なくとも一時的にはHo229によって戦局が変わっていた可能性はある」とドブレンツ氏は話す。  ホルテンHo229の設計は決して完全ではなかった。たとえば、当時のジェットエンジンは信頼性がそれほど高くなかった。また、全翼機の宿命として垂直方向の安定性が弱く、正確な機関砲掃射や爆撃も難しかったと考えられる。
 別の場所、別の時代に、さらに開発を進めることができていれば、Ho229にも違う将来が約束されたかもしれない。しかし1945年初頭のドイツには、パイロットも燃料も、時間も残っていなかったのである。

決断の早さ: ハインケル He.162

敗戦の色濃くなった1944年、ドイツ空軍は未熟練パイロットでも戦え、資材が少なくても済むジェットっ戦闘機「国民戦闘機」の開発を命令、ハインケルはほんの1月たらずのうちに設計・モックアップを完成した。その内容は金属と木を組み合わせた単純な機体にまだ完成したばかりのジェットエンジンを乗せた実に斬新なもの。射出座席も備えている。今ならひと回り大きくしてビジネスジェットとしてもおかしくない。初飛行は3ヵ月後、162機が完成した時点で敗戦、実戦には間に合わなかった。ジェット以前に液冷か空冷かでもめていた日本とはかなりの差が感じられる。

 

先進性とアンバランス: ユンカース Ju.287

前進翼とジェットという当時としては先進的な組み合わせにもかかわらず、主翼以外は古い既製品の寄せ集めで何ともアンバランスなJu.287。始めのJu.287 V1は胴体はHe177、水平尾翼はJu88、脚部は不時着したアメリカのB-24とバラバラ。ゲテモノ好きなマニアの間で人気がある。前進翼は後退翼と同様の主翼衝撃波の発生を遅らせる効果があるが、上反角を大きくする必要があるのと強度を大きくしないと危険な事から実用に至った機体は今もって少ない。

 

超音速への挑戦・三角翼: リピッシュ Dm.1

 

大戦末期、まだ超音速への挑戦が夢に近かった時代、リピッシュ教授による三角翼の機体の研究がすでに始まっていた。同教授の設計した有名なMe163コメートロケット戦闘機はその最初の成果だが、さらに超音速を目指し設計は進められていた。
この研究は戦後アメリカによっていち早く持ち出され、コンヴェア社のデルタ翼機に取り入れられた。写真はテスト用に作られたグライダー。親機から発進する予定だった。しかし今見ても何とスペースシャトルに似ていることか!本質的にいかにあるべきかを察する天才のひらめきを感じる。

 

VTOLのさきがけ: フォッケ・アハゲルス Fa269

 

今でも数少ない、VTOL機のさきがけだが、ドイツらしく例によってひねくれている。推進式の大型プロペラを着陸時には下に向けるというアイデア。確かに推進式なら大きなプロペラは視界の邪魔にはならないで合理的だが、着陸の事を考えると、パイロットにとっても、地上職員にとってもあまり気持ちの良い案ではない。写真では大きく見えるが全長10mあまり、1人乗りでエンジンも1つ。モックアップのみ完成したが、爆撃で消失。




ロケットグライダー: DFS研究所 DFS.228

 

超高高度偵察機。母機に搭載され高空でロケットエンジンでスタート、高高度に上ってからグライダーとして戻る独創的なアイデア。冷戦時、ソ連に打ち落とされ問題になったアメリカのU-2偵察機にも似たアイデアだが、こちらは1941年の開発。実用上昇限度2万3千メートル、約1千キロの滑空距離を目指していた。滑らかな頭部気密室は非常時分離し脱出するようになっている。無駄の無い合理的なデザイン。

 

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極限の合理性に基づくような飛行機にも意外と面白い個性がある。
2回目となる今回も第二次大戦中のドイツのユニークなデザインから取り上げてみる。

 

目次(2)

プロペラ機の限界を目指して Do.335
高高度を目指した長い主翼 Bv.155
推進式の無尾翼機 Me.329
ミグ15に引き継がれたデザイン Ta.183
珍しい取り合わせ Fw.159
可変後退翼 P.1101


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プロペラ機の限界を目指して ドルニエ Do.335

 

胴体の前後にプロペラを付けた独特なデザインの双発機体。最高速度760km/hとされ、そのころ開発されていたジェット機にも引けをとらない高速の限界を目指した、高速プロペラ機の中でも最も完成度と実用度の高い機体と言えるだろう。用途も戦闘機、レーダー付き夜間戦闘機、練習機と幅広く開発が予定され、期待の大きかったことを伺わされる。首輪式の脚と十文字型の尾翼が新しい。11機完成し終戦。

 

高高度を目指した長い主翼 ブローム・ウント・フォス Bv.155

 

連合国側の爆撃、特にB29の高高度からの爆撃を邀撃するために開発された機体。ターボ過吸気と与圧キャビンで実用上昇限度は17000m近くとされ、実用化されたらB29でも苦戦したかも知れない。幅の広い主翼とそこに置かれた冷却機が特徴の美しい機体だが写真ではあまりデザインが伝わらないのが残念。

 

推進式の無尾翼機 メッサーシュミット Me.329


 

あまり自信は無いのだが、映画「インディージョーンズ」のどれかに出てきて、主人公が機体の上で立ち回りを演じた機体がこれではないかと思う。飛ばずに滑走していただけだが。実際の機体もついに飛ぶことは無かった。(ただし同型のグライダーは試験飛行している。)並列副座の戦闘・爆撃機で、何でこんなマニアックな飛行機を出したのかと唖然とした覚えがあるが、いかにも悪役にふさわしい、険悪な顔付のデザイン。

 

ミグ15に引き継がれたデザイン フォッケ・ウルフ Ta.183

 

 

後退翼、短い胴体、T型尾翼と、特徴が多い機体。胴体は太く短く、ジェットエンジンの交換をし易く工夫している。戦後、基本設計は戦後ソ連(現ロシア)が持ち帰り、ミグ15等に引き継がれ、朝鮮戦争で西側諸国を悩ませた事で有名。ミグ15はF-86との戦闘で有名になったが、単純で無駄の無いデザインは、基本的にはF-86より優れていたと思う。写真は風洞実験の模型。

 

珍しい取り合わせ フォッケ・ウルフ Fw.159

 

引込み脚の実用化が進み始めた1937年、フォッケ・ウルフから発表されたパラソル型高翼と引き込み脚の珍しい取り合わせの機体。当然ライバルのメッサーシュミットBf.109やハインケルHe.112より性能は低く、実用化はされなかったが、時代の移り目の変種と言えよう。

 

可変後退翼 メッサーシュミット P.1101

 

 

主翼の後退角を速度や旋回性の追及で変える案の原型とも言えるメッサーシュミットの機体。戦後アメリカが持ち帰り、ベルX-5可変後退翼研究機を作った。この案は現在でも戦闘機を主体に使用されており、当時としてはまさに画期的な案と言える。3枚目の正面写真は戦後アメリカで作られたモックアップと思われる。

 

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極限の合理性に基づくような飛行機にも意外と面白い個性がある。
今回も第二次大戦中のドイツのデザインから取り上げてみる。

 

今回はどれもある種の最高の飛行機を目指し、しかも実用性を無視しなかったた点では特筆すべき機体。これまで取り上げてきた機体に比べどれも有名な機体なので良くご存知と思うが、抜かす訳には行かないので、まとめて取り上げる。



目次(3)

高速性能と実用性の理想的な配分 Ta.152
悲劇の名機 He.100
「飛行機」の原点 Fi.156
世界最初の実用ジェット機 Me.262

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高速性能と実用性の理想的な配分 フォッケウルフ Ta.152

 

 

ドイツの戦闘機中、どれが最強かと訊ねられたら、多分フォッケウルフ Fw.190は必ず上位をしめるだろう。稼働率の高い空冷でありながら高速性能や総合力はメッサーシュミットのMe.109より明らかに優れており、スピットファイアとの戦いは有名。(後半液冷機も出ている。)
そのFw.190をさらに高速化しようと開発されたのが、このTa.152。後期の型は高度12,300mで755km/hを出している。
細長い胴体と引き締まったデザインは迷うことなく1つの目的に向かう理想の強さを感じさせる。恐らくアメリカのP.51と並ぶ大戦後期・最高の戦闘機。

 

悲劇の名機 ハインケル He.100

 

 

 

同時期のメッサーシュミットMe.109と同じカテゴリーで競い合った。性能は明らかにHe.100が勝っていた(速度では80km/h以上早かった)のに、政治的に軍部に受け入れられず、不採用。空気抵抗を減らすため、主翼表面を蒸気冷却器として使い、見るからにスマート。最も美しいプロペラ機の1つと思っている。

 

「飛行機」の原点 フィーゼラー Fi.156

 

 

 

戦時中の機体で、どれが現代に一番影響を与えたか、勿論無理な質問だがその場合、このFi.156も多分上位に食い込む機体と思う。現在のSTOL(短距離離陸機)の原点でもあり、戦後もフランスやチェコでも生産された息の長い名機。翼に風を受け、エンジンで前に進むと言う、もっとも基本的な飛行機の仕組みが素直にデザインに現れており、今見ても新しさを感じる。主翼すべてに固定スラットをもうけ、スロッテッドフラップの併用で、風さえあれば15平方メートルの土地に着陸出来たというから凄い。最少速度(失速速度)は30km/hとすばらしく遅い。現在のSTOLはともすると強力なエンジンに頼りがちだが、この機体のエンジンはたった240馬力。イタリアのムッソリーニ救出にも使われた。私のもっとも好きな機体の1つ。なお一番下の写真はユンカースJu.52と一緒に写っている。

 

世界最初の実用ジェット機 メッサーシュミット Me.262

 

 

 

 

デザインとしては新しい部分と古い部分が混在しており、あまり良いとは思えない機体だが、世界最初の実用ジェット機であるこの機体を取り上げないわけには行かないだろう。戦闘機として開発されたのにヒトラーの命令で爆撃機にされ生産は混乱し気の毒な機体でもある。「もし」は歴史では禁句だが、もし戦闘機として順調に開発していれば戦争の進み方も変わったかも知れない恐ろしい可能性を持っていた。

 

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極限の合理性に基づくような飛行機にも意外と面白い個性がある。
今回も第二次大戦中のドイツのデザインから取り上げてみる。

今回は特に現代に影響を与えた機体。

 

目次(4)

世界初の実用ジェット爆撃機 Ar 234
長寿の輸送機 Ju 52/3m
現代の軽飛行機の先祖 Bf 108
空飛ぶ提灯あんこう Me 323
世界初のまともなヘリコプター Fw 61
   と優れた性能を発揮した Fl 282


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世界初の実用ジェット爆撃機 アラド Ar 234

 

 

 

 

  

Arado Ar 234は世界初の実用のジェット偵察機として誕生したターボジェット機。開発は1940 年に始まった。大きい胴体の燃料タンクの影響で当初トロリーに載せて離陸滑走し、着陸はソリを使用した。ただエンジンの開発の遅れで初飛行は1943年となってしまった。
その後引き込み式三輪車式の着陸装置と爆弾庫を加え高速爆撃機として様々な改良が施され、V9バージョンでは最高速度895km/hに達した。
単座だが後方に機銃をそなえペリスコープで照準射撃を行ったバージョンもある。後期のV16バージョンでは960km/hに達している。デザインとしてはややプロペラ機のスタイルをそのまま引継ぎ過ぎだと思うが、非常に癖の無い、素直なデザインだと思う。

 

長寿の輸送機 ユンカース Ju 52/3m

 

 

古めかしいデザインだが、それもそのはず初飛行は1932年。ルフトハンザの主要機として、そして対戦中は軍用機として、そして何と戦後も世界各地で活躍した。丈夫で長持ちの見本のような機体。スイスでは1981年まで使われていた。お世辞にもスマートとは言えないが、何とも味のある、飛行機好きにはたまらないデザイン。

 

空飛ぶ提灯あんこう メッサーシュミット Me 323

 

 

凄い!としか言いようの無い巨大機。勿論現在のジャンボ等にはかなわないが、ばけもののような機体。提灯あんこうの口のような頭部のカンノン開きの扉からあらゆるものを呑み込んでノロノロと飛んだ。勿論撃墜された機体も非常に多い。しかしこの機体が、空による大量輸送の先鞭となったのは確かだろう。

 

現代の軽飛行機の先祖 メッサーシュミット Bf 108

 

 

レース用の機体として開発されたが、実用的な旅行用小型機として量産された。前縁スラットや引き込み脚の近代的な仕様で現代のビジネス用軽飛行機の先祖とも言える機体。これも長寿な機体で、戦後愛好家の間で長く使われた。

 

世界初のまともなヘリコプター フォッケウルフ Fw 61
と優れた性能を発揮した フレットナー Fl 282

Fw 61




Fl 282

 

 

滑走しないで空を飛ぶと言う夢の為に生まれた2機。両方とも2機のローターを回す方式だが、Fl 282はちょっと見ると単ローターに見える。細部参照。両機とも当時としては革命的な機体。有翼機とはまったく別の、竹とんぼの魅力が溢れている。特にFw61の回転翼のトルクは双ローターで吸収し、前進力は別にする案はとてもシンプルで現在のテールローターによるトルク吸収方式には無い説得力がある。勿論、回転翼の進行方向に対する前進後退と言う基本問題は抜きにしての話だが。それにしても現在の戦闘ヘリの非人間的なデザインに比べなんと魅力的な事か。



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極限の合理性に基づくような飛行機にも意外と面白い個性がある。
今回も第二次大戦中のドイツのデザインから取り上げてみる。
今回は現代に技術的に大きな影響を与えているパイオニア達。

 

目次(5)

世界初の実用ロケット戦闘機 Me 163
世界初のジェット機 He 178
超音速への挑戦 DFS 346
可変取り付け角翼 Bv 144
潜水艦用観測機 回転翼凧 Fa 330
空を飛ぶ夢 NR 54 と NR55


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世界初の実用ロケット戦闘機 メッサーシュミット Me 163

 

 

日本の秋水の原型としてもおなじみのロケット戦闘機。試験機から邀撃機に採用され、950km/h、高度9,000mまで2.6分の驚異的な性能を誇っていた。ただし航続距離が短く、実用性には欠けていた。無尾翼の機体はリピッシュの設計。ずんぐりむっくりのデザインは美しいとはいえないが、当時の理論から言えば、無駄の無い、ドイツらしいデザイン。

 

世界初のジェット機 ハインケル He 178

 

世界初のジェット機として不滅の地位にある。ジェットエンジンは現在の主流の軸流式ではなく遠心式。つまり遠心力で空気を圧縮する方式。最高速度700km/hと、プロペラ式の高速機とあまり変わらないが、ハインケル独自の美しいデザインだと思う。

 

超音速への挑戦 ドイツ滑空機研究所 DFS 346


 

 

超音速ロケット研究機。母機に吊るされて発進し、切り離し後、ロケットに点火、マッハ2.6を目指したと言う。初めて音速を突破したアメリカのX−1も殆んど同じアイデアでデザインも似通っている。一番上の写真は占領後B−29につるされているところ。

 

世界初の可変取り付け角翼 ブローム ウント フォス Bv 144

 

離着陸の際、主翼の取り付け角を大きくして、性能を増すアイデア。STOLの先駆けとも言える。今見ても古さを感じない、優れたデザインだと思う。

 

潜水艦用観測機 回転翼凧 フォッケ・アハゲリス Fa 330

 

 

潜水艦につんで、必要に応じ空からの偵察のため曳航される、回転翼の凧。上から見える状況を搭乗員が電話で潜水艦に知らせる。引っ張る綱の長さは300mまでのび、高度約100mで偵察出来た。単純だが無駄の無い構造には道具や機械の持つ本質的な美しさがあると思う。

 

空を飛ぶ夢 ナグラー・ウント・ロルツ NR 54 と NR55

NR54

 

NR55

身体にプロペラをつけ、自由に空を飛ぶワンマンヘリコプタと言うのは、飛行機好きなら一度は夢見るアイデア。ここの2点はそうした夢に通ずるアイデア。NR 54は折りたたみ式で最高速度80km/hを目指していた。写真は上の3点がNR54、最後がNR55。最初にNR55が完成、その小型版としてNR54が作られた。動力のシステムは多少異なる。
このアイデアは今でもいろいろな人によって試されている、簡単だが夢のあるアイデア。



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今回と次回は水上機の特集。

宮崎駿のアニメ「紅の豚」、ご存知飛行機のアニメだが、ここに出てくる飛行機の殆んどが水上機。これはとても面白かった。通常飛行機映画は空中にいるときは操縦士の手足として生き生きと活躍し表現されるが、地上では整備士に預けられ、あまり主役にはなっていない。せいぜい主人公の操縦士等が出発する際、コクピットを写したり未来を予告するような取り扱いをされるだけ。

それに対し、水上機は水に浮かんでいる時も主人公として表現される。地上の飛行機が自動車としては表現されないのに比べ、水上機は水の上では船として、飛行士は船長として、空中と同じように主人公的に表現出来る。そうした点で水上機には独自のロマンがある。

目次(6)
水上機の典型見本 Ar 196
双胴で3発エンジン Bv 138
巨大な飛行艇 Bv 222
飛行艇のデザインの典型 Do 18とDo 24
カタパルト発進の大型飛行艇 Do 26


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アラド Ar 196

 

 

ドイツ海軍の代表的な水上偵察機。大量生産され多目的に使われた。これと言って特別なものはないが、それなりに良くまとまったデザイン。「水上機の典型見本」のよう。
初期には単フロート式もあったが、通常は双フロート。

 

ブローム・ウント・フォス Bv 138

 

 

双胴で3発エンジンの特異なデザイン。ジーゼルエンジンの為、撃たれても燃料が発火し辛く、搭乗員には好かれていたと言う。Uボートと組んだ哨戒作業が主な目的だったが、船団護衛艦や海難救助, 人員及び装置の輸送にも使われた万能機。

 

ブローム・ウント・フォス Bv 222

 

 

6つのエンジンを翼スパンにを備えた本機は第二次世界大戦で造られた最も大きい飛行艇。大戦前にはルフトハンザの大西洋横断機として予定され開発された。大きいが引き込み式の補助フロート等、当時としては非常に進んだデザインだと思う。

 

ドルニエ Do 18とドルニエ Do 24

 

 

これもルフトハンザの大西洋横断機として予定され開発された。Do 18は前後に並べた双発のディーゼルエンジンを持ち、8,400kmの長距離飛行記録を持っている。偵察や海難救助に用いられた。

 

ドルニエ Do 26

 

大きな機体だがカタパルトで発進する長距離機として開発された。極端ではないが主翼はガル翼となっており、また後部プロペラは着水時ヒンジでやや上を向くよう水に濡れないよう工夫されている。アイデアに富んだ面白いデザインだと思う。補助フロートは完全な引き込み式で空気抵抗を減らしている。
下の写真2枚はカタパルトからの発進風景。

 

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極限の合理性に基づくような飛行機にも意外と面白い個性がある。
今回まで第二次大戦中のドイツのデザインから取り上げる。前回と今回は水上機の特集。

なお、ドイツ機特集は今回でひとまず終わり、次回からはデザイン別に面白い飛行機を取り上げる。

目次(7)

巨大な飛行艇への夢 Do 216と214
優れた性能で多方面に活躍したHe 115
後退翼の飛行艇 Ha 140
二階建ての巨大飛行艇 Bv 238
潜水艦積載折りたたみ式 Ar231

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巨大な飛行艇への夢 ドルニエDo 216と214

Do 216

  

Do 214

飛行艇の歴史に大きな比重を占めるドルニエの夢を託した巨大な飛行艇。残念ながら戦争には不向きとされ開発は中止されてしまった。大西洋や太平洋を横断する事を夢見た機体。ジェット時代以前のものとしては非常に洗練されたデザインで、戦後の大量旅客輸送を前取りした感がある。



優れた性能で多方面に活躍したハインケルHe 115

 

大きいフロートにも関わらず、速度記録を打ち立てたり、安定した性能で雷撃機、爆撃機、海上哨戒、救難機と水上機として考えられる殆んどの用途に用いられた名機。

 

後退翼の飛行艇 ブローム・ウント・フォス Ha 140

 

 

プロペラを出来るだけフロートの水の飛散から防ぐためか、軽い後退翼をつけている。失速を防ぐために翼の前縁に自動式のスラットを付けている。性能はたいした事はなかったようだが、技術的なチャレンジ精神に富んだ機体。

 

二階建ての巨大飛行艇 
ブローム・ウント・フォス Bv 238

 

 

戦前にルフトハンザの大西洋路線用として開発された。胴体の幅は狭いのに高さを大きくし、二階建てにしてある。

 

潜水艦積載折りたたみ式 アラドAr231

 

 

最後にドイツらしい、筆者好みのひねくれたデザイン。
Uボート格納のため、特殊な折りたたみ構造をとり、パラソル式の後退翼は左右で高さを変えてある。写真の上側2枚は羽を折りたたんだところ。何かセミの翅の様。

end

 

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